■我々の不況は中国のせいか!?
「フォーラム・アイ」は1997年、生野区の中小零細企業の社長約20名が集まり、共同事業のネットワークづくり、地域活性化を目的として発足。99年には定例会のほかにインターネット研究会、商品開発、独自の販売ルートの研究といった3つの小グループの活動も加わりましたが、周りでは不況の波が押し寄せてきているという状況でした。
不況の原因は何か? 「モノづくりが暇なのは中国に責任があるのでは?」ということで、2000年11月、メンバー10名ほどで私たちと同業種同規模の上海のメーカーを回りました。
カバンメーカーでは、20歳くらいの女子が100名ほどで黙々と一斉にミシンを踏んでいます。月給は月1万円程度、600個から生産可能、製品までのリードタイムは40日、6か月先まで受注を抱えていると自慢げに社長は言いました。
履物工場では、日本の百貨店向けの製品がラインにのって流れていました。婦人・子供用履物メーカーは生産量月3万足まで可能です。「生産ラインは拡大中だ! 輸出先の8割が日本!」と、社長は自信に満ちあふれていました。偶然でしたが、会話の中でメンバーのお得意先が、すでにこの企業へ生産依頼をしていたことを知りました。一同驚きでした。
成形樹脂工場には、メンバーの会社が以前親会社に返した金型がありました。ここでは、メンバーの親会社が既に生野で生産していた製品を、ラインに組み込んでいたという事実を目の当たりにしました。
日本のモノづくり、私たちの仕事がどんどん中国に流れていることを実感させられました。中国企業の強さは、確かに脅威でした。
しかし、現場を見ることで中国企業にも「弱さ」があることを知りました。
(1)訪問した企業は、総じて日本への輸出商品が多く、安価を求めて中国へ生産拠点を移行したものであった。
(2)付加価値品(機能、デザインなど含む)が少ない。
(3)ニーズを把握した開発品や自社ブランドが少ない。
(4)人海戦術の手作業が多い。
(5)ベトナムなどの近隣諸国を脅威として感じている。
(6)人件費の安い国へ安価なモノ作りは流れていく現状。
(7)量を確保しないと採算が合わない。
結局は大きな下請け工場です! 中国企業が今後生き残るためには、ニーズをつかんだ商品を開発し、付加価値のある商品づくりが必要だと思いました。
その時、私たちはもう一歩進んだ商品、販売システムを推進していないと生き残れない。常に自社の位置や立場を認識し、自社が生き残るため模索、検討、実行をし続けなければならない。
では私たちが勝ち残るための、もう一歩進んだ商品とは何だ? 中小企業だからできる販売システムとは? 結局は私たちも親会社の下請けから抜け出せない。ビジョンを失い、元気を失くしていったフォーラム・アイは、存続の危機に瀕したのです。
■生野を日本のミラノに
そのころ、若手メンバーが中心になりインターネット研究会を立ち上げ、ホームページをつくって共同受注をしようと研究していました。活動の中でメンバー間の信頼関係が構築され、もう一度建て直しを図るべく、ビジョンづくりにとりかかりました。
ちょうどその頃、「イタリアのミラノが元気だ」というので調べてみると、10〜50人の中小企業が世界ブランドを持っている。業種も私たちと同様の業種です。私たちは今まで生産効率、販売効率を追求してきましたが、効率を追求すればするほど中国と競争しなければなりません。自分たちの市場で自分たちにあった力で、自分たちの製品、サービスで勝負しようということで「生野を日本のミラノに」というビジョンを掲げました。他社と比較できない、質に特化した高付加価値のモノづくりをめざそうということです。
そこでまず、ミラノに行きました。ミラノも日本と同様、東欧諸国の崩壊でルーマニア、ブルガリア、ポーランドといった国々が非常に安価なモノづくりをしていて、そういった商品が流れてきていました。しかし、中小企業は世界を市場にモノづくりをしており元気です。
私たちは、中国のせいでと思っていましたが、違うということに気がついたのです。では、どういうモノづくりをしているのか。ある家具メーカーでは、ニューヨーク、ドイツ、上海、ロシアで展示会をして、そこでニーズをつかむということでした。ターゲットはお金持ちです。そしてデザイナーを実に多彩に起用し、デザイナーのネットワークを使って物を販売するという仕組みを持っているのです。国内だけがマーケットではなく、世界をマーケットと見て、各国の徹底的なリサーチをしています。私たちと同じような10人にも満たない会社が世界をマーケットにするということは考えてもみないことでした。
■世界に通じるモノづくりをめざして
帰国後、早速活動に取りかかりました。まず、4つの活動を始めました。
ひとつは、地元から日本に向けて発信しようとプロモーション事業を起こしました。2つ目は、国際交流事業としてはミラノで展示会を計画しています。そのために町工場のおっちゃんおばちゃんが集まり、イタリア語教室を自ら運営し受講しています。
3つ目は、地域活性化事業では、生野区の名物お好み焼き屋マップや生野地場産業マップをイタリア語で作ろうと活動しています。そして4つ目は、生野から世界に発信する世界ブランド開発事業は、ミラノで学んだデザイナーとのコラボレーションもしくはネットワーク型販売網を構築し、世界に通用するモノづくりを進めています。
少しずつですが、成果を上げています。グループ企業がメディアに取り上げられ、また、世界的に著名なデザイナーとのコラボレーションも具体化してきており、来年の展示会に向けて商品開発を進めています。
物だけではなくサービスについても世界に発信していく仕組みを一生懸命つくっています。「いつも元気な人、町、企業をめざして世界へ挑戦していこう」、「生野を日本のミラノに」を合言葉に活動しています。 |